Center of My Mind

旅で感じたこと、ヨガで感じたこと、田舎暮らしで感じたこと 

秋の夜に こんな昔話をしようかな。。(続)(続)

こんにちは。9月になりましたね。もうすっかり秋です。この記事を書き始めたのは、夏だったんですが、こっそりタイトルを1字変えちゃいました(笑) 暑さがなくなって、涼しさの中に、セミが頑張って鳴いていて、その音から哀愁と親しみを感じます。

さあ、何でしたっけ・・・?
そうでした、四万十に来る前のお話の最後でした。
ずらずらと、何日間もまたいで、書いているので、まとまりない文ですが、またよかったら、お付き合いください。


東京でヨガのクラスを経験してきて、本当によかったです。それはいろんな経験をさせてくれ、ヨガのいろんな見方を与えてくれて、素敵な先生&生徒さんたちにもたくさん出会えたのですから。ヨガを伝えるとき、自分の「知識」ではなく、自分の「経験」でなくては、伝わらない。「知っている」と、「経験する」の違いはとっても大きいのです。誤解しないようにいいなおすと、「知識」を繰り返し、繰り返し、実践していって、ときには疑問や壁などにぶち当たり、やっと自分のものとしたものが「経験」です。ただ知っていることを伝えるだけでは、TVやニュースとかと一緒で、心には響かない。この「経験」を伝えるのが、ヨガティーチャーのお仕事だと思ってます。


◆ 3.11 ヨガで感じた想い
さて話は2011年3月に戻ります。3月・・・といえば、「3.11」です。
僕はその日、介護の仕事中で、施設の中にいました。
揺れが始まったと思ったら、すぐ停電が起きて、その揺れがずーーっと止まらない。
永遠続くかと思いましたよ。
終わったら、停電なので、ラジオから災害のことをききました。
(ラジオってそういう時のためにあるんですね)

夕方でちょうど介護の仕事が終わって、その日は夜からヨガのクラスでした。
…が、最寄りの駅まで行っても電車が動かない。まだ、本当に何が起きたのかが、分かってませんでした。
とりあえずバスで近くの駅まで移動して、そこからまた向かうつもりだったけど、そこからも電車が動いてない。

はい、帰宅難民ってやつです。クラス中止の連絡を生徒さんに入れて、僕は家まで歩いて4時間くらいかけて帰りました。
正直、不安とか全然なくって、「非日常」ってやつを、冷静に受け入れてました。「あ~こんなことってあるんだな~」って。でも、そこから段々と事がわかってくると、被災地では、そのときまさに死に直面していた。そして、原発なんて、もう大変なことになってた。いつもの日常って、じつは当たり前じゃなくって、ある日いきなり死んだり、事故にあったりする、、、起こりそうもないことが、ある日いきなり起きる。1日が終わって、次の日がやってくる保障なんて、ほんとはどこにもない。実はそれが当たり前だったのに気が付いた。



3.11からの1か月間も、それもまた「非日常」でした。スーパーはモノが品薄状態。ガソリンは販売中止。節電&自粛ムードで街は全体的に明かりも、活気もなくなって。原発ドッカンで、いつ世界がふっとんでも分からない。余震は毎日のように続いて、またいつ3.11以上の地震が起きるかわからない。将来、少なくともその1か月くらいは、先を考えること不安だったし、だから何か目の前のことを必死でやることで、不安と戦っていた。(それを経験してきた人も、まるで今はみんな忘れちゃったかのようですけど??)

みんな、眠りが浅く。
みんな、呼吸も浅く。
体が緊張して、疲れていて。
でも、その力を抜くことがまるでできない。
休み方をしらないんです。。。
そんな人、大勢、ほとんど全員でした。

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あちこちでチャリティーヨガなども行われていました。僕も何回かやりました。
僕はヨガティーチャーです。だから、ヨガで身の回りのそんな人を助けたかった。
それが自分の役割で、被災した方たちに間接的にできることでした。

そんとき、ヨガのクラスをするとね、ほんとにクラス終わってから、みんな顔がゆるむんです。心が緩むのがわかった。
また日常に戻れば、きびしい顔に戻っちゃうんだけど。
でもね、この時間がどんなに必要だったかって。大切にしてくれてるかって。わかったのです。
みんなが緩む顔 それが1番の癒し。
そして、何より1番癒されたのは、この僕だったんですね。
当時、そこでヨガができることが、ほんとに有難かった。    
「いまヨガが何より必要なんだ、みんなも自分も」って思いました。



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2011 丹沢湖ヨガリトリート
これが記念すべき、僕がおこなった初めてのヨガリトリート
ヨガ好きなみんなで過ごすのって本当に楽しい!
僕の今のリトは、この「楽しい」って経験を大事にしてます。




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シヴァナンダ東京センター  (同じく 2011年当時)
新センター(高円寺)の開所式 
とってもきれいなスタジオになりました。




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新センター 僕のクラス後のある一コマ(笑)
生徒さんもスタッフも仲良くって、クラスがとてもまとまってて、
いいクラスができた。ほんと楽しかったよー



◆タイ・チェンライTTCでのお手伝い(カルマヨガ)

2011、その年の9月、今まで続けてきたクラスをいったん締めました。1つの目標を叶えるために。それがこのタイTTCでのサポート業務でした。シヴァナンダヨガのいいところは、世界各国でその気になれば、お手伝い業務(カルマヨガ)ができるということです。4年前に自分が習ったとき、チンプンカンプンでしたが、今度は反対に生徒さんのチンプンカンプンをサポートしなければならないのです。東京センターでずっと学んでいて、いろんな先生、先輩、師…が助けてくれ、学びを与えてくれました。今度はこちらが与える番をいつかやりたいって、漠然と思ってましたが、いつかではなく、「今年やる」と決めたのでした。

クラスを締めるというのは、とっても大きい決断。自分で仕事を無くして、また1つ1つ積み上げていかなきゃいけないからね。でもそれは、必ず次の行動のために必要になります。ずっと学んでいく以上、自分が学びにいく機会を得なければ、クラスの質も下がるし、そんなことは望んでいない。

「ヨーガの真実」(マーク・ウィットウェル)の本には、ヨーガのいい指導者の条件を次のように挙げています。
1つめは、指導者自身がヨーガの練習をおこなっていること
2つめは、指導者自身がよい師についていること
3つめは、思いやりの気持ちをもって、生徒に接し、決まった形の練習や哲学的、文化的なことを押し付けないこと
これらは、たまに思い返して、自分に振り返ってます。

実際に、タイTTCでのサポート業務も、終わってみたら「与えられてばっか」でした。分かったのは、自分がいかに力不足かってことを痛感しました。2007インドTTCのときも、しんどかったけど、2011タイTTCのときも、しんどかった!!
結局、みんなに助けられてばかり。痛みをしっかり味わって、逃げずに向き合って、体験させてくれる。
「もっと謙虚になって、学びなさい」 スタッフのメンバーは言葉ではなく、態度でそれを教えてくれた。
だから、シヴァナンダヨガ好きなんですかね、僕って割とマゾっぽいけど・・・(笑)


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タイTTCのときの様子
みんないろんなご縁であつまって、みんなで一緒に学んで、過ごす。
シヴァナンダのTTCはその経験が、なにより1番大事。



◆四万十に来た理由

なんで四万十にしたの?って、みんなによくきかれる。
田舎暮らしの候補地をいろんな場所で探していて、たまたまここの物件に出会った。
だから、四万十じゃなくても、その条件があえば、どこでもよかった。
海・山・川があって、温暖で、古民家で、庭があって、畑があって、駐車場があって、町から離れすぎず近すぎず、静かな場所で、観光地で、都会の人もきてくれて、自然の中でヨガできて、マッサージできて、宿ができる。

・・・ってそんな条件がそろうとこなんて、そんなある訳ないじゃん。
だから、「呼ばれたところに行こう」って流れに身を任せたのです。
そこが、たまたま四万十だったのです。
それを必然と思うことができるのは、ヨガをしてきたからでしょうね。

今まで起きたヨガに関する数多くの経験をたどると、たった1つの理由「僕がヨガに出会ったから」
そこは偶然性ではなく、やはり必然性なんですね。
それが、今まで続けていること、ヨガの生活をしていること、今ここにいることの理由にもなります。



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1つのできごとは、次のできごとをつくっていきます。
1つの出会いは、次の出会いをつくっていきます。
今日のできごと、出会いを大切にしてください。


これでKuni昔話はおしまい。おしまい。
長々読んでくれて、ありがとー!bye bye.


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